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【連載】大石孝次の「音楽な日常」第119回

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『大きな波に挑んだことはあるか』

若い頃、湘南エリアに近い場所に住んでいる若者は、自然と海に触れる機会が多いはずである。
海を見に行く。遊びに行く。ドライブに行く。お茶を飲みに行く。食事に行く。
いつも海のそばで過ごしていた。

身近な存在であり、常にそこにある存在。
砂浜や海岸だけでなく、港湾、漁港、ハーバー、岸壁など様々な形で海に取り囲まれていた。
それが常だったので、少し海から離れるとふいに帰りたくなる。
東京湾は面白いが、東京の陸との境の海はつまらない。
何かを感じられる要素が少ないから。

波乗りをしていたころ、一度だけ江の島西浜に大きな波がやってきた日があった。
こんな波は見たことがない、それくらいに感じられた。

一番の驚きは、滅多に吹くことのないオフショアの風が完璧に吹いて、穏やかな海に巨大な波を作ったからだ。
何度通っても、何度見ても、そんな波が出来たのを見たことがなかった。

たまたまその日は友人と波乗りに行く予定にしていたので、もともと期待もしていなかったので天気図も見ずに海に向かった。
駐車場に車を入れた時は、時間も早くまだそんなに多く人は集まっていなかった。
普段通りに準備をして海に出ると、波の向こうが見えない程の大きなうねりがゆっくりとこちらに向かって来ていた。

技術もガッツもないサーファーには脅威の状況であった。
波に向かって進んでいこうとするが、波打ち際のスープでさえ力強く押し戻そうとしてくる。
波が腰までの距離は歩いて進み、タイミングを計ってパドルする。
とにかくパワーが強くて初期段階の移動に苦戦する。

沖方向に進みながら、事の重大さに気づいていく。
波が力尽きて砂浜に流れ着く時、崩れた最後の力が発散され拡散され短い距離で轟々とぶつかりあう。
潮を噴き上げ朝日に照らされて、その意味がつかみ切れていなかった。
ここでこんな波は見たことがない。

少しづつ波に近づくと、体験したことのない大きな壁がいくつも繋がっているのだと自覚する。
最初は崩れ波に飛び込んでいかなければならない。
弾き飛ばされながら、その乱暴な壁を越えなければならない。
それはそんなにたやすいものではない。
スピードとタイミングを計って、崩れる前のポジションに滑り込まなければならない。

崩れだした波には逆らえないので、そこにいる限り前には進めない。
少しづつ位置を前へ前へと移動しながら、小さな波のタイミングで一気に前に進むようにパワーを上げる。
そしてようやく自分の位置を前進させると、一つの波を乗り越えた後に待っているのはさらに大きな波だ。

今度は先ほどまでとは違い、正面から吹き飛ばされてくる飛沫などが敵ではない。
砕けて荒れた波を乗り越えると波の背から急に谷間に落ちていく。

その瞬間、波と波の谷間に落とし込まれた時から、音が一気に消えていく。
波に遮断され、そこにある音しか聞こえなくなる。
そこには静寂があった。
そして日差しが遮られ、谷に落ち込んだ瞬間、前後に深い蒼の壁に挟まれて薄暗くなり、気温が一気に冷える。

そうしながら次の波の壁にボードのノーズを突き刺す。
波の中に飲み込まれる瞬間、ボードは直角に空を目指して一気に浮かぼうとする。
正面からの波の力では自分たちを進みたい方向の反対に弾き飛ばそうとする。
ボードから手を離さぬよう必死で掴み、波の頂上に向けて波の中をもだえながら切りさく。
波の中から噴出される角度や位置で、その後の運命が変わる。
波に持っていかれすぎると、そのまま流れに巻き込まれる。
上手くかわせたらそのまま次の谷に落とし込まれていく。

波はゆっくりと高くせりあがって繰り返し進んでくる。
次の波でようやくタイミングが分かってきた。
失敗しないように波の壁にボードごと突っ込んでいく。

上に引っ張り上げれるような感覚のまま波の頂上に突き出た瞬間、後ろを振り返ってみる。
流れ過ぎる波の向こうに谷があり、何メートルも下に友人がいた。
その距離に恐怖を感じ、瞬間で鳥肌がたった。
これ程まで自然の力で持ちあげられ、落とし込まれるような体験はしたことがない。
人工的な力を使わずにこんなことが出来るのは波乗りでもしなければ体験できない。

上手い波乗りたちが何人も波にしがみついている。
彼らもここでこんな波は味わったことない筈だ。
普段の小さな波に揺られるのとは訳が違う。だからこそこの波を味わっている筈だ。

しかし、自分は自然のパワーに明らかに恐怖している。
先ほど超えてきた波の力が解放される位置を目指して戻らなければ波乗りは出来ない。
今いる、波の谷間は大波を体験する為の試練のようなものだ。
でも、絶対に体験することのない自然の力を全身で感じ、巻き込まれたら終わってしまうほどの恐怖に震えた。

波が勢いよくやってくる海にに出たこともある。
普段は小さな波と戯れている程度だ、
これほどまでに大きく、しかもゆっくりと目の前に波壁が迫ってくるような体験はしたことはなかった。

こんな波に乗れるはずもなく波と波の間に漂いながら、ただただ自然の驚異に言葉を失うだけだった。
この後、無抵抗のままビーチまで戻り、後にも先にも体験したことのない大波を記憶の中にインプットした。

というのが30年前の話。この話はあまりしたことはない。
この体験を最後に、波乗りは終えた。

その10年後にウェットスーツを新調し、再度トライと思ったが、作ったところで止まってしまった。
いまだにそのスーツは新品のまましまってある。

こんなサーフストーリーはどうでしたか?
秋の始まり頃の事だったと記憶しています。

夏も暮れています。夕日が綺麗になってきました。
今年の夏を振り返るのに、こんな曲はいかがでしょう。
ジャンとディーンで『サーフ・シティ』。

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