美術と工業のあいだに
みなさんこんにちは。
イメージングディレクター/フォトグラファーの芳田賢明(よしだ たかあき)です。
ラジオのレギュラー番組だと思っていろいろ書いてみる、連載「memorygram」第24回です。
最近、日本のグラフィックデザインの歴史について学ぶ機会があり、代表的な作品を概観できる資料として、この書籍を見つけ、購入しました。
山形季央『日本のグラフィック100年』(パイ インターナショナル)
https://pie.co.jp/book/i/4885/
400ページというボリュームで、大きな図版、印刷も綺麗。内容からするとお買い得だと思います。
たくさん掲載されている図版の中に、挿絵のような形で活字組版の図版が載っており、その言葉に感銘を受けまして、紹介しようと思います。
活版印刷家とは一介の印刷職人の謂ではない。
眞の活版印刷家は印刷工程全般に亘る智識を具備する印刷技術者であると共に、活字を絵具とし画筆とする美術家であらねばならぬ。
その作品は、仮令一片の実用印刷物であつても、彼の芸術がそこに沁み出てゐて、その実用性に光彩を加へてゐる。
(『日本のグラフィック100年』359ページより引用。漢字の旧字体は新字体にしています)
活版印刷というテーマや言葉遣いから、それなりに古い文章であることが想像できますが、今にも通じる素晴らしい言葉だと思うのです。
工芸やデザインの歴史は、ある意味で美術と工業の間の葛藤の歴史ともいえるのですが、この文章からは印刷という工業側に括られる職業人としての矜持が感じられます。
出典が記載されていなかったので調べてみると、井上嘉瑞の『活版習作』(昭和14年)の一文であるようです。
また、この『活版習作』を含む著作・作品集が、私が著書を出させていただいた印刷学会出版部から出ているようです。
https://www.japanprinter.co.jp/book/978-4-87085-180-1/
この言葉を、私としては以下のように解釈しました。
「自分の担当領域に限らず、工程の全般を知りなさい。
そして、ただ黙々と指示に沿って手を動かす作業者に甘んずることなく、工業を道具に表現をするという意味で、美術の一端を担う自覚を持ちなさい。
仮にその仕事が小さなものだとしても、あるいは表現を追求するような類のものでなくても、その知識や自覚が反映されるものなのです。」
と。
これは活版印刷の仕事に限らず、レタッチャーにもデザイナーにも言えることですし、職業フォトグラファーにも言えることだと思います。
前回の連載で、写真は芸術・美術だけでなく工業的な側面があると書きましたが、デザインというものは基本的にそういうものであるはずです。
美術に寄れば創造的な面が強まり、工業に寄れば製造的な面が強まる。そのものづくりの現場が工房か工場かという違いとしても現れるでしょう。デザインはその間にいるわけです。
クライアントがいて、目的や意図があり、美術と工業の力でそれを達成させるものがデザインだと考えれば、その美術と工業のバランスが非常に重要であることがわかります。
美術と工業をどの程度の割合にすれば良いのか、その正解は仕事のジャンルやその背景、またターゲットによっても変わります。
同じ物撮りでも、イメージカット→切り抜きカット→複写と、美術から工業に寄っていきます。
複写撮影ともなれば、その写真は著作物と認められないとされており、これもそこに創作性がないとされているからです。しかし、だからといって複写撮影の仕事としての価値が低いわけでもないですし、撮影技術がなくても撮れるものでもなく、むしろ緻密な技術が求められます。
面倒な話かもしれませんが、そういったところを自分なりに考えていくと、仕事への取り組み方や向き合い方がわかってくると思うのです。
そんなことを改めて考えさせられた、一つの文章との出会いのお話でした。
【プロフィール】
芳田 賢明(よしだ たかあき)
イメージングディレクター/フォトグラファー。
「クオリティの高い撮影・RAW現像で、良い写真を楽につくる」をテーマに写真制作ディレクションを行っている。撮影ではポートレートや舞台裏のオフショット撮影を得意とする。
Webサイト…https://atmai.net/
Instagram…https://www.instagram.com/takaaki_yoshida_/
芳田賢明 著、プロカメラマンに向けた[仕事に即役立つ本]
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