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【連載】大石孝次の「音楽な日常」第10回

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第10回『フェンスの向こうに見たアメリカよ、永遠なれ』

「通勤用に何か読みたい本はないだろうか?」と思い、自室の書棚を見まわします。
文庫本の在庫は過去に大分シェイブしたので、置かれているものは大半が何度も繰り返して読み、保存しておくつもりのものばかりになっています。
保有している作家は非常に偏りがあり、小気味よく読むには相応しくない内容が多いように思っております。
純文学や古典などではありませんが、一般的ですがわりと癖のある作風の作家が多いでしょうか…。

そんな中でしばらく読んでいない(とにかく同じ本を繰り返し何度も読む性質なので)一冊を見つけました。
矢作俊彦の「マイク・ハマーへ伝言」

1978年の横浜が舞台の作品です。
我が地元、横浜の中区エリアを中心に展開されるその内容は、当時を知る人間からするとザラついた横浜の匂いと風が感じられます。
子供心に見ていた景色が文章の中に散りばめられております。

横浜には文化や習慣など独特の風習的なものがあり、【よそ者にはわからない】と言うような視点があります。
これも今、多く住んでいる「移住してきた人」には理解できない、土着の浜人にしか理解出来ない陰の深いものです。
そう、この言い回しこそが浜っ子と言われる地元民の上から目線であり、よその方からはそれを「偉そうだ」とか「お高くとまっている」ように感じさせてしまう要因の一つかと思います。
この性質を身につけているのは、さすがに大人〜おじいさん世代に偏ってきました。
でも、その世代が今でも横浜の夜を徘徊し、街を彩っているのですから、やはり横浜人は強いなあとつくづく思うのであります。

自分はその世代の下の方で、子供のころから大人の先輩世代が幅を利かせており、その図式は今でも何も変わらない訳です(これは普通に暮らしている方には関係のない世界観のお話であります)。

この小説の主人公たちは自分の一回り上の世代で、実際に元町や伊勢佐木町、本牧辺りにいたであろう若者たちです。
その当時の記憶をたどると、ムスタングやダッジ、コルベットなどアメリカの車(アメ車)が普通に沢山走っていました。
インパラやバラクーダー、リンカーンなどのボディのデカイ車もよく見かけました。

自分は本牧ベース周辺(アメリカ軍の居留区)は父の車の助手席に座りドライブがてらよく通りました。
フェンス越しに見るアメリカは、超えられない距離と異国への憧れを初めて覚えた場所なのであります。
物心ついたときには将校クラブなどはもうない時代でした。
記憶は残っておりませんが、子供のころに連れていかれたクリスマスのパーティーの写真には、子供ながらにスーツを着てキラキラの三角のとんがり帽子を被った自分が、ボールルームで大人と一緒に楽しそうにテーブルを囲んでいる姿が残っております。

アメリカ軍が横浜のベースから撤退を決定し、世の中は円高が進んでいたあの頃から、街は姿を徐々に変えていき始めるのですが、当時の匂いが消える手前の頃の姿が作品の中に描写されています。
この作品が執筆されたのが正にその当時なので、街へ出ればそのままの景色が広がっていた訳です。
主人公たちは自分達が社会へ巻き込まれていくその時を迎え、これから変化しだす横浜への焦燥感を漠然と感じ、行き場のない苛立ちを抱えながら、アクセルを強く踏み込んでいくのです。
時代は変わっても、若者が感じ持つフラストレーションや形のない苛立ちは変わらない訳で。
決してそれは悪いものではなく、むしろ若者だけが持ちうる美徳なのかもしれません。

この作品の魅力は1978年の青春群像であり、横浜で現実に起きていたかのような錯覚すら感じる内容となっています。
古き良き横浜がこの作品で感じられ、青春時代のグレーな気持ちを思い出すきっかけになるかもしれません。

柳ジョージ&レイニーウッドの「フェンスの向こうのアメリカ」「青い瞳のステラ、1962年夏…」など、横浜には定番の名曲があります。
自分が若いころに勤めていたレコード店にジョーちゃん(柳ジョージの愛称)のお母さんがひょっこりやって来た事など、今となっては懐かしい思い出です。

また、今でも現役で横浜でブルースしているエディ潘先輩の「横浜ホンキートンク・ブルース」は、横浜の永遠の伝説曲です。

その曲中に登場する「メシを食うならオリジナル・ジョーズなんて…」のレストラン「オリジナル・ジョーズ」はもう無くなってしまいました。
店の入り口を入ると左手にウェイティングのバーカウンターがあるレストランは横浜では珍しくなってしまいました。
東京では大規模な海外出店のレストランなどで見かけることがありますが、街角の古典的なレストランではもう見ることもありません。

この小説を久しぶりに読んで、しばらく足を向けていなかったエリアに久しぶりに行ってみたくなりました。
単行本から文庫本化され、その初版を最初に購入し、どれだけ時間が経ったのか忘れてしまいましたが、別の出版社から文庫本が再出版されたので、そちらも初版を購入しました。
同じ本を何冊か持つというのも昔からの習慣で、多いものは3冊持っているものがあります。

この小説の後半に登場するビーチボーイズの「Catch a Wave」という曲は、切迫感のあるラストのデッドヒートにファニーな味付けをするモチーフになっています。
ドライビン・ミュージックではありますが、このシーンとのミスマッチ感は当時を表す良きエッセンスになっております。

歌詞にある「Catch a wave and you’re sitting On top of the world」…「波をつかまえろ、そうすりゃ、ほら、君は今世界のてっぺんだ」という言葉が、この物語の全てを意味しているのかもしれません。

その瞬間、一瞬が永遠であるということ。
「若く煌めき燃え立つ」ということがこの作品のテーマとされていることが、長く好きでいる理由なのかもしれません。

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